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基地問題で揺れる沖縄から
基地問題で揺れる沖縄から
平田 周
 
 地域のグローバリゼーシン・モデルを完成させたいと思って沖縄に201211月にやってきた。3年で完成させたいと思ったがはや2年半が過ぎた。事は思い通りにはならなかった。新しいことをゼロから始めて根付かせることは容易ではない。新しい英語学習法EdeMをここ沖縄で完成させ、本土に広める体制はようやく緒に就いた。日本の情報を世界に向けて発信をする拠点として新しいメディア(ポータルサイト)をつくる構想も、ミニアチュアに近い小さなものだが、まもなく実現しそうである。この2つを完成させて、沖縄3年間の作品となることを期す。
 
 沖縄には、製造業は発展せず、産物も限られる。中心となるのは、観光産業と建設業だが、ここからは大企業は生まれない。沖縄にある東証上場企業といえば、琉球銀行、沖縄銀行、沖縄電力、沖縄セルラー電話(KDDI)サンエー(小売)しかない。いずれも海外には縁がない。りゅうせき(石油販売)は沖縄の石油販売の中核だが海外からの輸入はない。地元で勢力を持つオリオンビールはようやビールの輸出に力を入れ始めたところである。ごくわずかの公共事業の大企業と
零細中小企業ばかりで、中堅企業が存在しない。
 本土からすれば、沖縄は基地もあり、他府県よりも国際的と思われがちだが、現実はまったく違う。国際人材に乏しく、著名人の国際意識は低い。中小企業の海外進出の意欲はきわめて限られる。
 
 沖縄では、「万国津梁」(ばんこくしんりょう)という言葉が至るところで使われる。沖縄の誇りである。1458年に1つの梵鐘が製作された。これが万国津梁の鐘と呼ばれるもので、現在も奇跡的に戦火を逃れ県立博物館に残っている。その梵鐘には漢文で次のような意味の文が刻まれている。
 「わが琉球は、南海のすぐれた場所に立地する。朝鮮の文化に学び、中国とは不可分の関係にあり、また、日本とは近しい間柄である。それらの国々のあいだにあって、海からわき出た蓬莱島のような島である。貿易船を操って世界の架け橋の役割を果たしており、そのためにわが国はすばらしい品々が満ちあふれている」(高良倉吉著『アジアのなかの琉球王国』より引用)。
 15世紀の琉球王国は、日本が戦国時代の群雄割拠で、中国と親密な関係を結び、繁栄していた。といっても、沖縄の産物を売ったり、輸入品が琉球王国内で消費されたりしたわけではない。中国のものを日本や東南アジア諸国に売り、逆にこれらの地域で仕入れた産物を中国に持って行くという、中継貿易である。
 沖縄が発展するにはこのモデルしかない。海外からの観光客も一種の貿易である。
しかし、受け入れ態勢は万全というわけにはいかない。市民の外国語力は弱い。
いまは「ハブ」という言葉がもてはやされている。航空貨物や宅急便、食料品などの東南アジアを相手とする集荷基地としての役割が増大しつつある。しかし、場所貸しに終わっているのはいかにも残念である。沖縄がこれをリードすべきなのだが、県は誘致歓迎のしか策がなく、新しい体制をつくる知恵や気力に欠ける。
 東京があっと驚くようなことをやろうと水を向けるが、誰からも反応がない。そのようなことはできないと思っているのか、やる気力がないのか。それとも東京にないようなものを考える知恵はないということなのか。
 
 沖縄が経済・産業で盛り上がれば、基地の問題は薄らいでくるのではないかと思ったが、基地使用の見返りの産業振興予算が、依存体質を強めてしまったと沖縄の人も言う。それが経済自立の意気込みを殺した。本土並みの経済回復はあっても、沖縄の産業が一気に成長するということは起こり得ないという気がする。
 沖縄で基地問題について、反対を唱える以外は黙っていたほうが得である。あえてこの問題は考えないようにしてきた。
 しかし、辺野古問題はいよいよこじれてきた。これからどうなるのか。
 沖縄の人は、当面の問題についての利害は考えるが、将来のことをシミュレーションしない。長期の戦略を持って我慢することをしない。
 
 辺野古の埋め立てが中止となれば、普天間はそのまま使用が続く。付近の住民の危険度は高い。といって、米軍に嘉手納基地だけを残して、全面撤退するよう交渉しても実現する可能性はいまのところほとんどない。
 普天間基地のある地域の人は基地がなくなることを望む。一方、辺野古の住民は、漁業関係者など、基地ができたほうが経済的に潤う。沖縄の中でも利害は対立する。
辺野古が断念されれば、普天間の住民や関係者は怒り、辺野古の住民は失望するに違いない。オール沖縄で、島民の全員が声をあげて、積極的に辺野古反対ということにはならない。
 那覇に居て、飛行機の爆音を聞くことはほとんどない。米兵を見かけることもない。
沖縄に米軍基地があるということさえ忘れそうである。頭の中で考えれば、広大な面積を米軍に支配されており、沖縄が不公平に犠牲を強いられえいるという屈辱であろう。基地のある地域の人意外は、実害を感じない。
 だから、沖縄の二大新聞が毎日のように新聞の大一面で辺野古反対の記事で呼びかけても、全島民の怒りとして炎上することはない。政府もそのことを当然知っていて甘く見ているのであろう。
 
 辺野古をやめて、普天間基地を存続させる。いまから始めて10年くらいの長期を見据えて、日本全体の世論を背景に、政府がアメリカと辛抱強く、かつ理路整然とした交渉を行うのがよいのではないかと考える。当面の不自由は我慢して、10年後に夢の実現を決意する。しかし、この考えには、大きな障害がある。日本全国に米軍基地反対の世論を盛り上げることは容易であない。巨大な力を持つアメリカを相手に、明治の外交官陸奥宗光がやったように、知略を使い、度胸を持って交渉する人物は日本政府にいないのではないか。
 沖縄の人たちは、そのことに怒りを覚える。しかし一方で、沖縄の人たちは何をしてきたのだろうかという疑念が消えない。
 
 
 
author:平田 周, category:社会, 11:23
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右傾化する世界の中の日本
右傾化する世界の中の日本
                                平田 周
 
 ヨーロッパの東方拡大とロシアの反抗、欧米に対するアラブ社会の怨念、中国の覇権意識へのアメリカの戸惑い。その中で貧困をエネルギーにして勃興してきたイスラム国に代表されるテロ勢力。
 世界は、なんとなく世界各地で局所的に紛争が火を吹く現実に、防衛力を強化し、右傾化の傾向が強まっている。
 
 わが国では、安倍首相を中心に、自衛隊の活動範囲を世界に広げることを進めようとしている。特定秘密保護法、集団安全保障など、議会での多数勢力としてほぼ思いどおりに法案が可決し、右翼化への色彩を強めている。
 安倍晋三個人の思想が日本を動かしているということではなく、世界の右傾化潮流が安倍晋三を浮き上がらせているとみる。個人の力はそれほど強いものではない。日本全体が右傾化を、歓迎ではなくても、認める雰囲気にあるといえよう。
 恐いのは、日本人が海外で敵に襲われているのに見殺ししてよいのか。同盟国に万一のとき守ってもらうのに、その国が攻撃にさらされているときに、何もしないで見ていてよいのか。すべての情報が公開され、それが敵側の手に渡って不利を蒙るようなことがあってよいのか。わが国の固有領土なのに、尖閣諸島を中国が自国領土だとして勝手に振る舞う勝手に何もしないのか。
 
  そういう問題一つ一つを考えて答えを出し、それが是だとして決めて進んで行ったとき、ある日、なぜわれわれはこんなひどいところに来てしまったのだろうと後悔することにならないか。太平洋戦争は、誰が見ても間違いだった。こんなバカげたことをなぜ国民は許したのだ。後から見れば、誰もがそう思う。しかし、目の前の一つ一つの出来事に正しいと思われる答えを選らんだ結果、取り返しのつかない地点へと導かれてしまった。先を見ず、足元だけを見て、ここは大丈夫、この敷石はしっかりしていると確かめながら歩を進めて、いつの間にか崖ふちに来てしまったというのに似ている。
 
 頭を上げて、遠い先を見なければいけない。それはヴィジョンと呼ばれることもある。各政権はその都度、わが国が実現すべきヴィジョンをかかげる。しかし、国民はそれに対して白けた気分になる。絵空事と思ってしまう。美辞麗句で理想が書かれているにすぎない。キング牧師が行ったWe have a dreamの演説のような力強い響きは伝わってこない。
 問題が国民の中に一致して共有されていないからである。しかし、広く共感される問題、とくにそれが危機意識である場合、独裁的な施政者がそれを意図的に利用しようとすることが起きる。歴史上の悲劇のいくつかはそうした背景の下に起きた。
 
 人々は足元の安全を一歩一歩確かめながら進む。遠くにかかげられるヴィジョンは生命力を欠く。人々は自分自身の願いを持つ。けっきょくこの行進は、あてどなく彷徨いながら進んでいく。個人主義がいっそう隊列を乱す働きをする。しかし、人々は進む方向を強制されることを好まない。障害にぶつかるたびに、群れはこれまでとは別の方向をめざす。人が愚かなのか。人類の宿命なのか。
 
author:平田 周, category:社会, 16:41
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前代未聞の英語学習講座EdeMが公開
前代未聞の英語学習講座EdeMが公開
http://edemschool.com
                   平田 周
 
 翻訳ソフトを使って英語の読み書きができればいい。そう考えてからもう30年が過ぎた。当時まだ日本語の翻訳ソフトは開発中で、市販されているものはなかった。その頃から、英文和訳では、多義語の英語(1つの単語にいろいろな意味がある)が問題であること、和文英訳では、日本語と英語の文章構造が違いすぎること(日本語では、主語や目的語を表示しなくてもよい、長い形容が修飾される単語の前にくることなど)が障害になると考えた。
 前者の場合、多義語の英単語は訳さず英語をそのまま残す、後者では、日本語を英語的な構造の文章に書き直しておく。これしか解決の方法はないのではないかと思い、『日本語で英語を書く』(東洋経済新報社 1984)を書いた。
 しかし、完全自動翻訳をめざす翻訳ソフト開発の現場では、聞き入れられなかった。
 
 あれから30年経ったいまも、自動翻訳(機械翻訳)は実用になっていない。ひどい誤訳をすることは、多くの人が経験済みである。実用化に最も近いのは、限られた用途に適用するパラレル・コーパス(対訳)という考え方である。
 2020年のオリンピック開催に向けて、業界で熱い関心が寄せられているのは、外国人観光客のための多言語案内である。スマホに音声で質問すれば、希望する言語で答えが聞ける。これは、観光客が使うと思われる表現を限りなく多く収録し、これに相当する訳文をつくり、対応させて引き出せばいいだけである。翻訳の間違いはゼロである。表現文例を増やすだけでよい。要は力仕事である。これは医師と患者との問診会話にも使える。
 しかし、コーパスを一般的な翻訳に使うことは2050年になっても無理だろうという気がする。あらゆる表現を集めて、対応する訳文を用意するというのは、容易ではない。ビッグデータの技術を用いて、既存の文例を集めてくるという努力は、Googleをはじめいろいろな企業が努力している。例文が増えるたび精度は向上するのは確かだが、時間がかかる。
 
 コーパスを使うGoogle翻訳(和文英訳)は、例文があるときには、驚くほどいい訳になるが、なければまるきりダメである。一方、クロスランゲージ(Yahoo翻訳)は従来からの文法解析をベースにしているので、誤訳は比較的少いが、驚くほどいい訳にはならない。日本語の直訳である。
 わが国の自動翻訳の世界では、もはや文法解析による翻訳ソフトは放棄している。完璧をめざすことは不可能とみてあきらめた。
 
 自動翻訳開発者が犯した間違いは、無人工場をめざす産業ロボット研究者のようなものだといえよう。単一の作業であれば、ロボットは完璧に仕事をこなすことができる。しかし、選択する情報が多くなり、あいまい性が高くなるにつれて、人間の手を借りなければならなくなる。ロボットだけで生産する完全自動工場は実現していない(1980年代には、IBMなどが研究した)。
 翻訳という仕事を単一作業とみるか、情報の複雑性から工場的なものと考えるかである。後者であれば、マン・マシンのハイブリッドなプロセスとしてとらえるべきである。私は、最初から翻訳という完全自動工場は不可能とみていた。
 モデル的には、自動翻訳というロボットを中心に置いて、前処理工程で日本語を英語的構造の日本語に書き換え、後処理工程では英語に堪能な者(ネイティブが自然な英語に書き直す)という一連のプロセスから成る。後工程は、一般公開されるものや、公式の文書でなければ、省略することが可能である。
 
 この考えの延長から、翻訳業ではなく、日本語を英語に表現したいという個人が(英文のメールや報告書を書く場合)、英語力が不十分でも、自由に英文を書く方法があれば助かるだろうと思った。ビジネスの世界では(一般生活でもそうだが)、電話に代わってメールが圧倒的に重要になった。日本人はもっと世界に向けて発信をせねばならない。
 英語を必要とするような業務に携わっている人は、メールくらい英語で書ける。しかし、英文報告書を書くとなるとどうであろうか。海外勤務になって、日本の経済情勢や業界事情を英文にしたレポートを地元の関係者にい配れば評価は高まるであろう。年功序列制をとるわが国では、海外事務所の長には、必ずしも英語ができる人が任命されるとはかぎらない。
 辞書を使うのだから、より便利な翻訳ソフトというツールがあれば、これを使わない手はないはずだ。
 
 さらに考えてみたら、これが英語学習にとても役立つことがわかった。英語的構造の日本語に直すこと自体が英語の特徴を理解することにつながる。これは、英語脳をつくることになる。いくら英語を覚えても、英語脳がなければ外国人から受け入れられないし、説得することもできない。このことを学校で英語教師は教えていない(英語で表現すること自体教えていないのだが)。
 それ以外に、英語の勉強になるプロセスがここに含まれていることに気づいた。パソコンやスマホが訳した英文には、いくら日本語を英語的にしても、完全な英文とはならない。その間違いを直すことが英語の勉強になる。生徒といえば、先生から課題を与えられ、間違いを直される立場である。しかし、コンピュータが生徒であり、自分が先生になったような気分になることがわかった。
 先生というのは、教えながら自分が学んでいる。生徒に対して有利な立場にあり、上から(客観的に)見るから間違いがわかる。学校で優秀な生徒は、他の学生に対する優越感がますます自信を深めさせ、勉強への興味を高める。
 
 このような考えから、翻訳ソフトを支援ツールとする英語学習法EdeMを公開講座として世に出すことを決めた。
 内容は、英語を教えるのではない。翻訳ソフトが間違わずに英訳できるような日本語(英語的構造の)の書き方である。30ほどのルールがある。しかし、ルールどおりにやればいい訳が得られるというわけにはいかない。習熟を必要とする。それを、手間はかかるが、添削による個人指導で行う。昨今、eラーニングというのが流行りだが、あれは全然人を感じさせない。現在の英語力や適性、目的などの個人差が大きい英語学習では、効果をあげるなら個人指導しかない。                                     
  
 意義ある企てだと思うが、知られなければ、何もできない。今日、膨大な情報の中に埋没して、気づかれること、知られることは実に難しい。面白い英語学習法があるよと、多くの人につぶやいてもらうことを期待する。
 
author:平田 周, category:外国語, 06:28
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カタカナ語のヘンなアクセント 「ライン」「ドラマ」「ネット」など

カタカナ語のヘンなアクセント 「ライン」「ドラマ」「ネット」など

平田 周

 

 多摩川河川敷で中学生が仲間によって殺された痛ましい事件はまだ記憶に新しい。この事件を報道するアナウンサーやキャスターが、村上遼太君が友だちとの交信に無料通信アプリ「LINE」(ライン)を使っていたことに触れていたが、このときの発音が気になった。

 「LINE」を「ライン」とアクセントを後ろに置く。英語であれば当然、「イン」である。同じようなことは、「ドラマ」や「ネット」などでも起きている現象である。若い人のクセというか、流行なのであろう。しかし、アウンサーまでがそれに従う必要ないではずだ。

 アクセンとだけでなく奇妙に聞こえるのがWebである。多くの人がこれを「ベ」と発音する。カタカナにしたとき、「ウェブ」と書くのが普通だが、【ウェ」(we)のせいだろうか、これが「ヴェ」あるいは「べ」になる。英語では明らかに「ウブ」である。「ウエブ」とすればよかったのに、「ウェブ」が通用するようになった(私はいまでも「ウエブ」と書く)。

 

 英語と違い日本語は単義語である。1つの言葉に1つの意味に使うことが多い。英語の場合は、ほとんどが多義語で、意味の多さは半端ではない。だから、先輩たちは工夫した。「ガラス」と「グラス」にしたり、「ストライク」と「ストライキ」と使い分けたりした。

 Lineも、地面に線を引くときは「イン」にし、通信アプリでは「ライン」と発音して区別する工夫なのだろうか。では「ネッ」はどうなのか。その必要はないはずだ。

 

 NHKにこのことを尋ねてみた。アナウンサーに、これらの言葉のアクセントについて指導はしていないということだった。各自が自分流でいいことになっているという。正式には、5年に1度、NHK放送文化研究所がアクセントについて定めることになっているという。それまでは、世間でどのように話されるかを観察する。

 なぜ、英語に近いアクセントにしないのかという質問には、原則的には人々が使っている様式に従うのであって、NHKとしてこれが正しい発音の仕方だということはしない方針とのことだった。

 私は、カタカナ語のアクセントが後ろに置かれることの違和感を説明したら、いまの若い人の傾向は、アクセントのない平坦な発音になっていると指摘された。私が後ろにアクセントがきていると感じるのは英語のアクセントと対比してそうなるのであって、実際はどこにもアクセントがないというのが正しいのかもしれない。確かに、日本語には強弱も、高低すらあまり強調しない、平べったい発音になる言語だ。

 

 言葉は、こうでなければならないと決めることはできない。人々の使い方で決まる。カタカナ語は、語源が英語であっても、日本語になったものだ。発音やアクセントが違うとわめいたところでしょせん意味はないのかもしれない。

author:平田 周, category:社会, 04:26
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STAP細胞の小保方晴子はスケープゴート
STAP細胞の小保方晴子はスケープゴート
                      平田 周
 
 マスコミを騒がせたSTAP細胞事件も、人々の記憶から忘れられようとしている。先日、外国の著名な科学雑誌の日本版編集に長らく携わり、多くの科学者と親交のあるM氏から話を聞く機会があった。
多くの科学者が書く論文のかなりのものは、追試を行っても同様の成果が得られないものだという話だった。追試が行われるほどの内容はなく、知名度に欠けるものがほとんどなのだろう。怪しいデータのものもあるに違いない。ではなぜ学者は論文を書くのか。大学教で報酬を得ている学者であれば、年に何本か論文を出すことが義務づけられている。研究支援費をもらえば報告書を出さねばならない。 研究成果をともなった研究ばかりではない。苦し紛れに書かれたものもあるだろう。
 
  そういう意味では、小保方晴子のSTAP細胞の論文もそうしたものの1つであれば何も問題はなかった。有名になりすぎた。本人は、Nature誌に論文掲載など考えてもいなかったに違いない。騒がれていなかったら、多くの研究員と同様、日々研究所に出勤し、実験を行い、25日に給料をもらうサラリーマンだったろう。だから、実験の記録もずさんだった。細かいチェックはなかったし、監督者もいないただの研究労働者だった。
問題は、どのような経路でES細胞が混入したのかである。偶然に入ったのか、それとも誰かが意図的に混入したのか。小保方研究員が成果を出すため意図的に入れたということにしたいのが当事者やマスコミである。
 
 しかし、小保方研究員は自分が意図して入れたとは一切言わない。マスコミはなんとか彼女の不正ということにしたいらしい。マスメディアの科学担当の記者、とりわけ女性記者は、絶対に彼女の不正をあばいてやると意気込んでいるらしい。同性に対する妬みのようにも思われない。日本人は謝らないことを嫌う。あっさり誤れば許すくせがある。
 
 真実はわからない。しかし、小保方研究員が意図的にやったようには思えない。それほどの名誉心も、出世意欲もなかったろう。上昇気流に乗って高みに舞い上がった一匹の蝶ようだったものではないか。
 世の中にはたくさんのインチキ科学論文が氾濫している。知られずにいれば、何も起こらずず、サラリーマンである研究者は日々の仕事にいぞしんでいればよい。M氏の話では、海外の科学者の論文も追試不能の研究はますます増える傾向にあるのだという。
専門性が高く、事業に結びつかないような他人の研究内容をチェックすることなどやる人はいない。それを行うにはが時間と金がかかる。けっきょく研究者の倫理でしかないが、サラリーマンとして研究に従事して生活費を稼いでいれば、インチキはなくならないであろう。有名になったばかりに、小保方氏は1500万円の返済を求められ、研究者としての生命を絶たれた。そういう運命だったのか。なんとなく可哀そうに思えてくる。
 
 
author:平田 周, category:社会, 06:58
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2人の技術者

2人の技術者

                    平田 周

 

 テレビ番組「プロフェショナル」で、市原英樹という人のことを知った。大成建設に勤める技術者である。東京の赤坂プリンスホテルがいつのまにか消えた。作業のための防護壁を作るでもなく、粉じんも騒音もない。まるで静かに地中に沈んでいくかのようだった。

 このまったく新しい解体の工法を考え出したのが、市原氏だという。世界が驚いたという斬新な方法だが、市原氏は化学が専門の人で、無害の建築用接着剤の開発などを行っていた。あるとき、新設されたビル解体の工法開発グループの責任者に抜擢された。高度経済成長時代に建てられた多くの高層ビルが寿命期を迎える。都会に立つビルの解体をいかにして周囲に迷惑をかけず、短期間に、低コストで実現できるかが課題だった。

 誰も想像しないような方法だった。世界が、日本人でなければできないものだと賞賛した。しかし、成功させるには、いろいろな試行錯誤が必要だった。問題が起きるたびに仲間と知恵を絞った。採算がとれるようコストも削減しなければならない。内外から多くの賞をもらい、これからの時代に役立つ。

 

 この人のことを知って、すぐにノーベル賞をもらった中村修二氏のことを思った。面識はないが、1990年代半ば、ユニークな経営や技術の中小企業を紹介する仕事の中で、日亜化学を知った。青色発光ダイオードの技術開発の挑戦に可能性を見た。四国なので訪ねていくわけにもいかず、電話で中村氏と話した。素朴に質問に答えてもらったのが印象に残っている。いまは、同氏の言動にいろいろと批判が向けられているが。当時、青色発光ダイオードの研究では、加工が難しい窒化ガリウムは将来性がないと学会でも除け者扱いだった。

 しかし、見事製品化され、ノーベル賞受賞にまで至ったのだが、中村氏は日亜化学を相手どり、発明・開発への貢献に対する報酬を要求する裁判を起こした。結果的に8億円が支払われることになったが、会社という組織の中にあって個人の功績を主張する中村氏の言動には批判も多い。

 

 市原氏は、謙虚に(本心であろうが)、自分一人の功績ではない。みんなが力を合わせた結果であり、会社という場があってはじめて成し得たことだと語る。与えられた仕事を黙々とこなしながら、問題解決に力を注ぎ、たまたまいい結果が生まれたにすぎないという考えである。定年退職とともに、自分の務めは終わったという気持ちで満たされるに違いない。

 一方の中村氏はいまなお日本の企業だけでなく、日本という国が研究者に報いないことを批判している。自分のためだけでなく、研究者のことを思ってのことであろうが、満ち足りた気分にはなりきれていない。

 

 建築という総合力が求められる仕事と、黙々と実験に明け暮れる研究室の仕事を同様に比較することはできないが、日本人の感情としては、市原氏の態度を好むだろうと思う。世界の奇跡ともいえる日本産業の発展は、市原型の努力の集積によるものというべきであろう。

 しかし、会社のために滅私奉公のスタイルは薄れつつあるのも事実だ。自分の力で成功や幸福をつかみたいという考え方が強くなっている。市原氏のような生き方がなお日本の産業界に遺伝子として残っているのか。それともアメリカ型の個人主義に変化していくのか。まだ判断がつかないでいる。

 

 

author:平田 周, category:社会, 06:32
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1979年という特異点

1979年という特異点

                        平田 周

 

 クリスチャン・カリルというジャーナリストが書いた『すべては1979年から始まった』(草思社 2015/1 原著:Strange Rebels – 1979 and the birth of the 21st century)を読んだ。そう言われれば、1979年は異常な出来事が世界中で起きた年だった。起きた出来事は相互に関連のないものだったが、そこには奇妙な共通点があった。反逆である。しかし、それは社会主義への、あるいは保守主義への反抗ではなかった。著者が原著のタイトルに選んだように、「奇妙な反逆」だった。そしてそれが、21世紀を方向づけるものだったという。

 

 1979年に生まれた人はもう35歳前後である。その年に成人式を迎えた青年もはや55歳。1979年に起きたことを実感して記憶している人は少なくなっている。当時を知っている自分には、それがたったこの間のことという感じだが、こうして1979年に起きた事件を並べて説明されると、未来の時点から過去を振り返る歴史書のような思いがした。歴史というのはこうしてつくられていくのだと思うと、感慨深い。著者はいう。「こうした個々の事件が起きたとき、誰もそれがいかに重要な意味を持っているのか、それから先がどうなるのかまったくわかっていなかった」と。距離あるいは時間を置いて眺めるとき、それが何であったのかが見えてくる。

 

 訳者があとがきに次のように書いている。「1979年を振り返ってみると、1月には米中国交が樹立、2月にはホメイニーが亡命先のフランスからイランに帰国、4月にイスラム共和国の樹立が宣言された。5月には、イギリスでサッチャーが首相に就任、新自由主義的経済政策を推進した。6月にはヨハネ・パウロ2世が祖国ポーランドを訪問。この訪問は東欧の人々に大きな影響を与え、非暴力の抵抗運動はやがて共産主義体制崩壊をもたらす。11月にはテヘランでアメリカ大使館占拠事件が起った。12月にはアフガニスタンでソ連の軍事介入によるクーデターが勃発した。中国ではこの年、小平が経済改革に着手し、7月には経済特区が設置された。つまり1979年は、社会主義の終焉、市場経済の台頭、宗教の政治化が始まった年だった」

 

 カリルは、この年に起きた政治的出来事を5つの物語として語る。自らがジャーナリストとしてつぶさにこれらの実状を観察したものである。邦訳本は460ページ以上の大書であり、学者が書いたように多くの参考文献と注釈がつけられているが、単に事実の羅列ではなく、ジャーナリストらしくドラマチックに話の展開を試みる。

 1979年に起きた事件の内容よりも、その前の10年間、そしてその後に起こったことを丹念に解説する。それはあたかも、1979年を頂上として裾野が広がっているかのように映る。

 カリルは、ロシア語、ドイツ語、英語に堪能で、50カ国以上での取材経験を持つジャーナリストだが、2004年から5年間、ニューズウィーク東京支局長を務めており、知日派である。本書の大部分は、東京滞在中の5年間に書いたものだという。5つの物語の出来事とは次のようなものだった。

 

(1) イランの王制独裁をイスラム教徒の民衆が倒した

  1979年1月、シャー(国王)は国外に逃亡し、イスラム共和国が誕生した。革命の中心にあった聖職者ホメイニーが実権を握った。

 

(2) アフガニスタンにソ連軍が侵攻

  197912月、傀儡の共産主義政権を擁護するため、アフガニスタンに軍を進めた。ゲリラ攻撃に悩まされ、戦いは10年近く続いた。

 

(3)、新教皇ヨハネ・パウロ二世が祖国ボーロンドを訪問

  大司教カルロ・ユゼフ・ヴォイティワが教皇(ヨハネ・パウロ二世)に選ばれ、1979年6月、母国ポーランドを訪問、共産主義体制を揺さぶった。

 

(4) サッチャー政権が誕生、新自由主義の経済革命

  1979年5月、マーガレット・サッチャーがイギリスの首相に選ばれ、社会主義を葬り、「市場」の伝道師となった。

 

(5) 中国で小平が経済改革を導入した

  文化大革命の後復権した小平は、1978年末、事実上実権を掌握し、その数カ月後には一連の経済改革を導入、近年の中國の成功の礎を築いた。

 

 著者は、まだ物語は終わっていないと述べている。人類の歴史は脈々と続く。しかし、どこかに、ここから世界が変わったという時点があるものだ。その意味で、確かに1979年は特異点だったのかもしれない。将来、第二次大戦以後の20世紀の歴史が書かれるとき、1970年代は最も注目されるべきものとなるであろう。アラブの対米英支配への反抗からオイルショックが起きた。アメリカ経済は長い停滞期に入ったが、その中でやがてアメリカの復活、グローバル化を実現するITの旗手マイクロソフトやアップルの芽が現れていた。

 1979年に起きたことを振り返ると、いま世界で起きていることの本質が見えてくるような気がした。

 

author:平田 周, category:思想, 04:09
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格差の拡大

格差の拡大
                                    平田 周

 

 トマ・ピケティの『21世紀の資本』がなぜこれほど人々の関心を呼ぶのか。いろいろ理由は考えられるが、「格差の拡大」が一つのキーワードになっていることは間違いないであろう。資本主義の本質は、資産で利益を得る人と、労働により所得を得る人との格差を拡大させる本質を持つと結論している。だからどうなのだと言いたいところだが、格差の拡大は資本主義に限ったものなのかどうか。

 

 私たちはエントロピーについて習った。自然な状態では、秩序が崩壊するにつれすべてが均一なものになっていく。冷たい水と熱いお湯を混ぜれば自然に温度は均一化していく。外部からの影響がないかぎり、風呂の湯が熱湯と水に分離することはない。

 しかし、経済に限らず、学校で、優秀な生徒と出来ない生徒に次第に二分化していくのがむしろ自然ではないか。確かに、試験の結果をグラフにすれば正規分布になるだろう。それは所得についても同様ではないか。いやそうでもないかもしれない。日本人の貯蓄高の金額分布を見ると、正規分布にはなっていない。きわめてフラットに分布している。4000万円以上の貯蓄を持つ人の数は20%もあるが、300万円あたりに別の山ができているわけではない。高額貯蓄者の割合は年々減少傾向にある(退職金が減ったためか)。

 しかし、読書が好きな人と本を読まない人、海外に強い関心のある人と国内志向の人、出世を求める人と平凡でも気楽に生きたいという人。定量的にはどうかわからないが、感覚的には二分化し、その違いが次第に顕著になりつつあるという気がしないではない。

 熱力学の法則とは違い、社会現象では二分化するほうが自然なのではないかと思われる。それは外からの力のせいではない。人間が持っている本姓がなせることである。学校の先生は、生徒の誰もがいい成績をとってほしいと思っている。

 

 『日本語の科学が世界を変えるか』(松尾義之著 筑摩書房 2015/1)を読んだ。とてもよく書けている本だ。面白い。日本人科学者のノーベル賞受賞が続いているが、これは英語ではなく、日本語で科学の論考をするからではないかというのが主旨である。科学の専門用語を、わが国ほど自国語(漢語)に訳した国はほかにない。科学にかぎらず、あらゆる学問で使われる英語の専門用語を漢字に翻訳した。江戸時代から明治時代にかけて、先人たちがなし遂げたものである。驚くべきことだ。

 杉田玄白らは、『解体新書』(1774年)の中で、すでに「神経」「軟骨」「動脈」といった日本語をつくっている。cellに「細胞」という訳語を使ったのは宇田川榕庵で、1833年のことだという。驚くほかない。もしこれを今風に、カタカナ語で「セル」としていたら、明確なイメージが湧くだろうか。「細胞」だから独特のイメージを描くことができる。

 

 この本の中で、松尾氏は、日本人科学者の思考の基礎に、「中間」という日本人特有の考え方があるのではないかと指摘する。日本人は、良いか悪いか、そのいずれかに決めつけることをためらう。良いものにも悪い面があり、悪いことでもどこかに良い点もみられる。ところが、キリスト教的な西欧の思想は、善悪など、ものごとをはっきりと二分化して考える傾向が強い。科学の研究でも、日本人の発見や発明には、そうした西欧とは異なるものがあり、それが日本人科学者ならではの業績を生んでいるのではないか。松尾氏の考えである。

 

 かつてわが国経済の高度成長期、1億層中産階級と言われた。そしていま、貧富の格差が広がっている。しかし、欧米に比較すれば、その格差の開きは小さい。意識の上で、とうてい手の届かぬ貴族や大富豪といったイメージはない。総理大臣だからといって、さして別格の人だとは思っていない。欧米人は、ホームレスの人が新聞を読んでいるのを見て驚いたという話を聞いたことがある。

 それはいまに始まったことではなく、武士の時代でも、農民たちは身分制度や権力に甘んじてはいたが、心の中では武士をさほど別格と感じていたわけではないように思われる。そうなったのは、たまたま運によるものだという考えはいまもあるような気がする。農民の子も寺子屋で勉強したし、明治になってからは学問に秀でていれば身分に関係なく政府の重職につくことができた。

 「出る杭は打たれる」が個性を潰すと悪い面が強調されるが、その力が平等を生んでいるのかもしれない。

 

 日本人が欧米のような二分化の思想に傾いていくのか。アメリカのように政権を対等で争う二大政党が望ましいと言われても、日本には根づかない。それには、松尾氏が指摘するように、中間を好む日本人の性格があるからかもしれない。格差が一時的に現れても、それを崩そうとする自然の流れがある。それは思想でも、制度でもなく、日本人のDNAに仕込まれた本質なのではないか。

 

author:平田 周, category:思想, 05:04
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ピケティの『21世紀の資本』
ピケティの『21世紀の資本』
 
5,500円もする経済学の本が品切れになるほどの売れ行きになっている。トマ・ピケティが書いた『21世紀の資本』である。どうしてこんな本が飛ぶように売れるのだろうと不思議だ。2014年7月26日号の『週刊東洋経済』で特集が組まれ以来、話題になっていたせいもあるが、アメリカでポール・クルーグマンなどが絶賛し、それもあってアメリカで大ベストセラーになったという前宣伝が効いたのかもしれない。この本が出る前から、「資本主義」がどうなるかという問題がわが国でも話題になっていた。だが、貧富の格差が世界的にいっそう広がっているという事実を多くの人が切実にとらえているからに相違ない。
 
 700ページもの大著を読む自信がなかったし、5,500円を払うことにも躊躇があり、買って読もうとは思わなかった。しかし、この本について書かれた薄い解説書が発売されたので読んでみた。1つは池田信夫著『日本人のためのピケティ入門』(東洋経済新報社)、もう1つは苫米地英知著『「21世紀資本論」の問題点』(サイゾー)である。
 前者は、中立的な評価だが、原著のきちんとした紹介ではなく、著者自身の経済についての問題意識や考えが述べられている。後者は、最初から終わりまで批判的で、ピケティの間違いを指摘することに狙いあある。
 
 『21世紀の資本』について、二人は次のように要約する。
 
【池田】 統計の不十分な19世紀以降のデータを各国の税務資料などをもとにしていろいろな方法で推定し、ほとんどの時期で不平等は拡大しており、戦後の平等化した次期は例外だった。「資本主義では、歴史的に所得分配の格差が拡大する傾向があり、それは今後も続くであろう」というのがピケティの主張である。
 
【苫米地】20カ国以上におよぶ主要な国々の「所得と資産」の関係を過去200年にもわたる資料で調べた結果、資本収益率は常に経済成長率を上回ることがわかった。これは資本主義そのものに経済格差が広がる要因が内包されていることを意味する。経済格差を是正するには、資産への累進課税が必要であり、しかもグローバルに課税しなければ意味がないとピケティは提唱する。
 
 苫米地氏は、批判の主要点として以下のようなことをあげている。
 
■経済学は自然科学に近い数理的理論を命とするもので、ピケティは経済学を歴史学に包括させ、経済学を殺してしまった。
■結論のr>g (r=資本収益率、g=経済成長率)は当たり前のことである。
■ピケティが解決策とするグローバルな資本課税は、当人も言っているように実現不可能だが、累進課税は不公平の拡大であり、資本主義を破壊する行為である。
■ピケティは、22歳で博士号を取得、MITの准教授になったほどの秀才だが、社会人経験がなく、『21世紀の資本』は数理的経済モデルを欠く。
 
 苫米地氏も、民主主義が資本主義に隷属するものであってはならないとするピケティの考えには賛成する。格差社会の拡大も是正されなければならいということでは同感するが、資本に対するグローバル累進課税では問題解決は不可能だと断じる。
 なお、苫米地氏は、この大著のアマゾンのキンドル版を1日で読んだとしている。その程度に易しいのか、苫米地氏の並外れた速読力・理解力なのか、原著を見ていないのでなんともいえない。
 
 内容的な価値はさておいて、日頃、本をあまり手にすることがないような人までこの本を買うため書店に走ったという現象のほうを憂慮する。まだ日本人にそれほどの知的好奇心が残っていたという意味では喜ぶべきだが、なんだか流行を追う、浅薄さを感じる。それほど急いで内容を知らねばならないものではなかろう。この本以外に、もっと読まれてしかるべきものがあるようにも思う。
 同じ資本主義について語る本としては、水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書 2014/3)のほうがずっと役に立つ(この本もよく売れているが)。この本が英訳されて世界中で読まれればいいのだが。資本主義の欠陥もさることながら、資本主義自体がもはや歴史的な役割を終えつつあるとしたら、『21世紀の資本』は無意味になってしまうのではないか。
 
 ピケティのおかげで確信したのは、第二次大戦から今日までの70年余の経済が、200年という近代の歴史の中できわめて特異な期間だったということである。その特異な期間の中の現象だけをいくら数理論的に論じ、定理らしきものを見つけても歴史的な普遍性はないだろう。苫米地氏は、ピケティの歴史学的な手法を経済に取り入れたことを邪道と否定するのだが。
 

 
author:平田 周, category:社会, 09:02
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ブログ

ブログ

 

 このブログが始まったのは2010年の3月だった。英語教育の問題を考える集まりに出席して、広く「言葉」の問題について考えを語る場所をつくろうと提案し、J&E GroupJapan and English、通称JandE)という名にした。最初は、寄稿する人がいたが、話せても書くこととなると面倒なのか、誰も書かなくなった。始めた以上止めるのも癪なので、一人で書き続けてきた。それでも書く頻度は次第に減り、昨年の12月はついに1回も書かなかった。

 

 書けなくなったわけではない。いったい、ブログとは何なのか、なぜ書くのかがわからなくなったのである。ブログは日記みたいなものだという人がいる。日記なら人に読まれることを前提にはしない。人に教えるためなのか。それなら私にそれほどの能力もないし、そうしたいわけではない。自分のためでも、人のためでもなければ、何なのか。

 人間は、人に何かを伝えたい、話をしたいと考える動物ではある。ブログを書くのも同じことか。しかし、それなら人を喜ばせ、興味を引く話題を選ばなければならない。だが、私にはお笑い芸人のようなエンターテイメントの才がない。

 

 初期の目的のように、いろいろな人が意見を述べる場所になればいいのだが、なかなか寄稿してくれる人が見つからない。原稿料が入らなければ魅力がないという人もいるし、書くなら自分のブログを立ち上げるという人もいる。

 5年目で止めるのはキリがいいかとも考えたが、いささか残念でもある。これからも続けることにしたが、やはりなぜブログを書くのかの疑問への答えが必要である。ものを書くには、想像であれ、目の前に読み手を意識せねばならない。そこで、自分の中にいるもう一人の自分に話すことにすることを思いついた。自問自答である。自分自身は偏屈で、無謀なところがあるが、もう一人の自分は真面目で慎重な性質である。考えたこと、疑問に思うことを彼に話そう。

author:平田 周, category:-, 05:59
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