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1979年という特異点

1979年という特異点

                        平田 周

 

 クリスチャン・カリルというジャーナリストが書いた『すべては1979年から始まった』(草思社 2015/1 原著:Strange Rebels – 1979 and the birth of the 21st century)を読んだ。そう言われれば、1979年は異常な出来事が世界中で起きた年だった。起きた出来事は相互に関連のないものだったが、そこには奇妙な共通点があった。反逆である。しかし、それは社会主義への、あるいは保守主義への反抗ではなかった。著者が原著のタイトルに選んだように、「奇妙な反逆」だった。そしてそれが、21世紀を方向づけるものだったという。

 

 1979年に生まれた人はもう35歳前後である。その年に成人式を迎えた青年もはや55歳。1979年に起きたことを実感して記憶している人は少なくなっている。当時を知っている自分には、それがたったこの間のことという感じだが、こうして1979年に起きた事件を並べて説明されると、未来の時点から過去を振り返る歴史書のような思いがした。歴史というのはこうしてつくられていくのだと思うと、感慨深い。著者はいう。「こうした個々の事件が起きたとき、誰もそれがいかに重要な意味を持っているのか、それから先がどうなるのかまったくわかっていなかった」と。距離あるいは時間を置いて眺めるとき、それが何であったのかが見えてくる。

 

 訳者があとがきに次のように書いている。「1979年を振り返ってみると、1月には米中国交が樹立、2月にはホメイニーが亡命先のフランスからイランに帰国、4月にイスラム共和国の樹立が宣言された。5月には、イギリスでサッチャーが首相に就任、新自由主義的経済政策を推進した。6月にはヨハネ・パウロ2世が祖国ポーランドを訪問。この訪問は東欧の人々に大きな影響を与え、非暴力の抵抗運動はやがて共産主義体制崩壊をもたらす。11月にはテヘランでアメリカ大使館占拠事件が起った。12月にはアフガニスタンでソ連の軍事介入によるクーデターが勃発した。中国ではこの年、小平が経済改革に着手し、7月には経済特区が設置された。つまり1979年は、社会主義の終焉、市場経済の台頭、宗教の政治化が始まった年だった」

 

 カリルは、この年に起きた政治的出来事を5つの物語として語る。自らがジャーナリストとしてつぶさにこれらの実状を観察したものである。邦訳本は460ページ以上の大書であり、学者が書いたように多くの参考文献と注釈がつけられているが、単に事実の羅列ではなく、ジャーナリストらしくドラマチックに話の展開を試みる。

 1979年に起きた事件の内容よりも、その前の10年間、そしてその後に起こったことを丹念に解説する。それはあたかも、1979年を頂上として裾野が広がっているかのように映る。

 カリルは、ロシア語、ドイツ語、英語に堪能で、50カ国以上での取材経験を持つジャーナリストだが、2004年から5年間、ニューズウィーク東京支局長を務めており、知日派である。本書の大部分は、東京滞在中の5年間に書いたものだという。5つの物語の出来事とは次のようなものだった。

 

(1) イランの王制独裁をイスラム教徒の民衆が倒した

  1979年1月、シャー(国王)は国外に逃亡し、イスラム共和国が誕生した。革命の中心にあった聖職者ホメイニーが実権を握った。

 

(2) アフガニスタンにソ連軍が侵攻

  197912月、傀儡の共産主義政権を擁護するため、アフガニスタンに軍を進めた。ゲリラ攻撃に悩まされ、戦いは10年近く続いた。

 

(3)、新教皇ヨハネ・パウロ二世が祖国ボーロンドを訪問

  大司教カルロ・ユゼフ・ヴォイティワが教皇(ヨハネ・パウロ二世)に選ばれ、1979年6月、母国ポーランドを訪問、共産主義体制を揺さぶった。

 

(4) サッチャー政権が誕生、新自由主義の経済革命

  1979年5月、マーガレット・サッチャーがイギリスの首相に選ばれ、社会主義を葬り、「市場」の伝道師となった。

 

(5) 中国で小平が経済改革を導入した

  文化大革命の後復権した小平は、1978年末、事実上実権を掌握し、その数カ月後には一連の経済改革を導入、近年の中國の成功の礎を築いた。

 

 著者は、まだ物語は終わっていないと述べている。人類の歴史は脈々と続く。しかし、どこかに、ここから世界が変わったという時点があるものだ。その意味で、確かに1979年は特異点だったのかもしれない。将来、第二次大戦以後の20世紀の歴史が書かれるとき、1970年代は最も注目されるべきものとなるであろう。アラブの対米英支配への反抗からオイルショックが起きた。アメリカ経済は長い停滞期に入ったが、その中でやがてアメリカの復活、グローバル化を実現するITの旗手マイクロソフトやアップルの芽が現れていた。

 1979年に起きたことを振り返ると、いま世界で起きていることの本質が見えてくるような気がした。

 

author:平田 周, category:思想, 04:09
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格差の拡大

格差の拡大
                                    平田 周

 

 トマ・ピケティの『21世紀の資本』がなぜこれほど人々の関心を呼ぶのか。いろいろ理由は考えられるが、「格差の拡大」が一つのキーワードになっていることは間違いないであろう。資本主義の本質は、資産で利益を得る人と、労働により所得を得る人との格差を拡大させる本質を持つと結論している。だからどうなのだと言いたいところだが、格差の拡大は資本主義に限ったものなのかどうか。

 

 私たちはエントロピーについて習った。自然な状態では、秩序が崩壊するにつれすべてが均一なものになっていく。冷たい水と熱いお湯を混ぜれば自然に温度は均一化していく。外部からの影響がないかぎり、風呂の湯が熱湯と水に分離することはない。

 しかし、経済に限らず、学校で、優秀な生徒と出来ない生徒に次第に二分化していくのがむしろ自然ではないか。確かに、試験の結果をグラフにすれば正規分布になるだろう。それは所得についても同様ではないか。いやそうでもないかもしれない。日本人の貯蓄高の金額分布を見ると、正規分布にはなっていない。きわめてフラットに分布している。4000万円以上の貯蓄を持つ人の数は20%もあるが、300万円あたりに別の山ができているわけではない。高額貯蓄者の割合は年々減少傾向にある(退職金が減ったためか)。

 しかし、読書が好きな人と本を読まない人、海外に強い関心のある人と国内志向の人、出世を求める人と平凡でも気楽に生きたいという人。定量的にはどうかわからないが、感覚的には二分化し、その違いが次第に顕著になりつつあるという気がしないではない。

 熱力学の法則とは違い、社会現象では二分化するほうが自然なのではないかと思われる。それは外からの力のせいではない。人間が持っている本姓がなせることである。学校の先生は、生徒の誰もがいい成績をとってほしいと思っている。

 

 『日本語の科学が世界を変えるか』(松尾義之著 筑摩書房 2015/1)を読んだ。とてもよく書けている本だ。面白い。日本人科学者のノーベル賞受賞が続いているが、これは英語ではなく、日本語で科学の論考をするからではないかというのが主旨である。科学の専門用語を、わが国ほど自国語(漢語)に訳した国はほかにない。科学にかぎらず、あらゆる学問で使われる英語の専門用語を漢字に翻訳した。江戸時代から明治時代にかけて、先人たちがなし遂げたものである。驚くべきことだ。

 杉田玄白らは、『解体新書』(1774年)の中で、すでに「神経」「軟骨」「動脈」といった日本語をつくっている。cellに「細胞」という訳語を使ったのは宇田川榕庵で、1833年のことだという。驚くほかない。もしこれを今風に、カタカナ語で「セル」としていたら、明確なイメージが湧くだろうか。「細胞」だから独特のイメージを描くことができる。

 

 この本の中で、松尾氏は、日本人科学者の思考の基礎に、「中間」という日本人特有の考え方があるのではないかと指摘する。日本人は、良いか悪いか、そのいずれかに決めつけることをためらう。良いものにも悪い面があり、悪いことでもどこかに良い点もみられる。ところが、キリスト教的な西欧の思想は、善悪など、ものごとをはっきりと二分化して考える傾向が強い。科学の研究でも、日本人の発見や発明には、そうした西欧とは異なるものがあり、それが日本人科学者ならではの業績を生んでいるのではないか。松尾氏の考えである。

 

 かつてわが国経済の高度成長期、1億層中産階級と言われた。そしていま、貧富の格差が広がっている。しかし、欧米に比較すれば、その格差の開きは小さい。意識の上で、とうてい手の届かぬ貴族や大富豪といったイメージはない。総理大臣だからといって、さして別格の人だとは思っていない。欧米人は、ホームレスの人が新聞を読んでいるのを見て驚いたという話を聞いたことがある。

 それはいまに始まったことではなく、武士の時代でも、農民たちは身分制度や権力に甘んじてはいたが、心の中では武士をさほど別格と感じていたわけではないように思われる。そうなったのは、たまたま運によるものだという考えはいまもあるような気がする。農民の子も寺子屋で勉強したし、明治になってからは学問に秀でていれば身分に関係なく政府の重職につくことができた。

 「出る杭は打たれる」が個性を潰すと悪い面が強調されるが、その力が平等を生んでいるのかもしれない。

 

 日本人が欧米のような二分化の思想に傾いていくのか。アメリカのように政権を対等で争う二大政党が望ましいと言われても、日本には根づかない。それには、松尾氏が指摘するように、中間を好む日本人の性格があるからかもしれない。格差が一時的に現れても、それを崩そうとする自然の流れがある。それは思想でも、制度でもなく、日本人のDNAに仕込まれた本質なのではないか。

 

author:平田 周, category:思想, 05:04
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『世界を操る支配者の正体』を読む
『世界を操る支配者の正体』を読む
                      平田 周
 
 なるほどそうだったのか、と理解して読み終える本、あまり得るところがなかったな、といささかがっかりする本というのがあるが、読んだ後になっても、どうも気がかりで、心にまとわりついて離れないという本もある。馬淵睦夫著『世界を操る支配者の正体』(講談社 2014/10)もその種のものだった。
 ウクライナ危機の裏にある真実を解説、世界を操っているのは、国際金融勢力
であり、ナショナリズムを掲げるロシアのプーチン大統領を追い落とし、世界制覇を狙う陰謀なのだというのである。
ただの評論家が書いたものであれば、うがった見方だ、そういう見方もあるなと読み捨てられるのだが、著者がウクライナ大使も務めたこともあり、ロシア、アメリカでも大使館勤務をした経歴の持ち主と聞けば、まんざら根拠がないわけでもあるまい。なるほど、そう考えれば納得がいくということも多々ある。しかし、異端的な意見である。どこまでが真実かどうかわからない。
 
 目次を紹介しておこう。
 
第1章 ウクライナ危機は世界最終戦争の序曲
第2章 プーチン抹殺のシナリオ
第3章 ロシアを支配する者が世界を支配する
第4章 国際金融勢力対ロシアの200年戦争
第5章 道徳と民族を破壊する4人の洗脳者
第6章 ディアスポラ化する人類
終 章 歴史認識大戦争に備えよ
 
 話は、ウクライナ政争の実体が何かの解明から始まる。それは、アメリカ、正しくはアメリカを自由に動かせる国際金融勢力が仕組んだものだというのである。
 結論的にいえば、世界制覇を狙い、グローバリゼーションの実現を計る国際金融勢力が、最後に残るナショナリズムのロシアを崩壊させようと仕掛けていると暴露する。
 
 国際金融勢力とは何者なのか。アメリカのFRBの株主にもなっていると想像される、ロスチャイルド、ゴールドマンサックス、JPモルガンなど国際銀行家たちをあげる。国際金融勢力のそうした活動はいまに始まったことではない。すでに200年も続いており、25年前のソ連崩壊もまたこの勢力が仕かけて実現したものだという。
  その思想的背景はユダヤ思想である。国を失い世界各地に離散せざるをえなかったユダヤ人(ディアスポラ)が、グローバリゼーションを進める。簡単に国をおとしめる力を持っている。アメリカもまた彼らに乗っ取られたのだという。もともとアメリカは建国以来、アメリカの精神はピューリタニズム、フロンティア・スピリットをかかげる東部のエスタブリッシュメント WASPだった。そのアメリカはすでに乗っ取られた。そして世界をアメリカ化することを狙っている。
 
 アメリカ化の手段ははっきりしている。まず民主化である。これにより簡単に政権を操ることができる。次に民営化、そして3段目がグローバル化である。
実際の支配にはマネーが一番である。国家に金を貸すことによって国を自己利益のために動かす。アメリカをはじめ中央銀行が政府から独立しているのもそのためだとする。アメリカの経済を支配するFRBは株式会社であり、その株主は公開されていない。
 
 中国もすでにその影響下に入った。残るは、ロシアだけである。プーチン大統領はこれに真っ向から闘う。いま国際金融勢力にとって最も邪魔な存在は、ナショナリズムで立てこもるプーチン大統領であり、これを抹殺しなければならない。
ウクライナ政争を仕掛けた狙いは、プーチン大統領をおびき出し、国際世論でもって批判し、ヨーローッパ、日本を見方につけてロシアに対し経済制裁を加えることにある。ヨーローッパも日本も、経済制裁は何の得策にもならないが、これに従わざるを得ない。
 国際経済勢力は、第三次世界大戦を起すことすら躊躇しないであろう。戦争は彼らにさらに大きな利益をもたらす。
 
 ユダヤ思想にとって重要なのは、世界統一(グローバリゼーション)とその思想の根拠となるナショナリズムとその象徴となる国の存在である。それがイスラエルである。
 世界でナショナリズムとグローバリゼーションを併せ持つ国は、日本しかない。プーチン大統領が日本に対する特別の思いを抱くのは、そこにロシアのあり方のモデルを見るからである。経済制裁による打撃はロシアにとって大きい。産業は育っておらず、石油・天然ガス資源の輸出しか依存するものがないロシア経済はあまりに脆弱である。日本の技術力、工業力をロシアで活用し、見返りに石油・天然ガスを日本に売る。これがプーチン大統領の描く青写真である。
 日本としては、友好国アメリカに追従せざるを得ない。しかし、いまプーチン大統領を助ければ、悲願の北方領土返還の可能性が高まる。アメリカを怒らせないようにしながら、どうロシアとの関係を深めていくか。これが安倍政権に課せられた仕事である。
 
 オバマ大統領は中間選挙で大敗を喫し、勝った共和党にもエースはいない。アメリカは弱体化した。それでも世界はアメリカ、そしてドルを中心に動いている。その原動力になるものがあっても不思議ではない。
 その見えざる勢力がグローバリゼーションを拡大させ、国という秩序を崩壊し、弱肉強食の世界をつくり、貧富の格差を大きくさせているというのであれば、グローバリゼーションが人類統一の理想の実現という夢に浸っているわけにはいかなくなる。
 わが国は、ナショナリズムとグローバリゼーションを有史以来、うまくバランスさせてきた。だから、この問題はあまり深刻に感じない。しかし、世界はいまナショナリズムとグローバリゼーションのせめぎ合いの様相を呈しているといわれれば、そうである。イスラムの問題もそうした観点で見れば、また新しい視野が見えてくるような気もする。
 この本をどう読むか。それは読者に委ねられている。
 
author:平田 周, category:思想, 05:41
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日本を、東京を離れて見る
日本を、東京を離れて見る
                               平田 周
 
 今月末で、沖縄に単身で移ってきて丸2年が経った。単身赴任といっていも、会社から沖縄勤務を命じられてきたのでもないし、田舎住まいをして余生を楽しむというのでもない。新しいことを沖縄で試みてみたいと思った。
 沖縄より北海道のほうがいいよと勧めてくれる人がいたが、グローバルの問題を考えていたので、アジアに近い沖縄が有利と考えた。基地問題にからみ、政府からの産業振興予算も他府県に比べて格段に多い。暖かいということは、生活費の軽減になる。140万人という人口はそれなりの市場規模だし、小さな島であり、本土から離れているという立地的な特徴も魅力だった。
 
 2年経って、成果が上がったか。正直、思惑は大きく外れた。だが、いくつか成果はあった。機械翻訳を使う英語学習法 EdeMを沖縄で生まれた画期的な英語学習法として東京に紹介することができた。
 知的資産のほとんどは、東京から地方に流れるという構図である。沖縄でつくられた犹妻″が、東京、さらには本土の市場を席巻するという可能性を実証してみたかった。これが地方の時代に不可欠なことだと考えたからである。
 地方発は、何も東京だけではない。もっと大きな世界という市場がある。沖縄を世界に向けての情報発信基地にするという構想は、残念ながら県の関係者の理解が得られず、未だに芽が出ていない。
 あれやこれや考えると、思ったことの10分の1も果たせなかった。あと3年かければと思うが、そこまで気力がもつかどうか。
 
 沖縄に独り住んでいて、普通には味わえない経験をした。1つは、本土(東京)を離れたところから見ることができたことである。同じことは外国でも同じだが、沖縄という距離がいい。遠く離れすぎていると遠景にぼんやりと日本が見えるだけだし、近ければ離れている実感がない。沖縄からは、本土全体が視野にあって、かつ必要な細かいことがよく見える。行こうと思えば、飛行機で3時間足らずである。格安航空を使えば、緊急でも1万円で行ける(60歳以上)。
 上京すれば、仕事のスケジュールを実に蜜に立てることができる。1日に少なくても4つのアポをこなせる。相手が、沖縄から行くというと、都合を無理にでも合わせてくれるからである。1カ月分の人に会う仕事を1週間でこなせるといっても過言ではない。
 
 もう1つは、犖鋲″である。引きこもりではないが、毎日、毎日、人に会うのがわずらわしくなる(家族も含めて)。沖縄に来て、精力的に地元の人に会ったが、いろいろな理由から収穫はなかった。最近では、めったに人を訪ねない。相手から会いたいといってくることもない。黙って家に居れば、誰とも会うことはないのである。この孤立した気もちというのは、現代社会においてはなかなか得難いものである。隠遁者に近い。何日も人に会わずにいると、頭が透き通ってくる感じがする。
 といって孤独感はない。インターネットのおかげである。メールがたくさん届く。読まなければいいし、返事を書くこともない。何か言いたいことがあれば、ブログに書くこともできる。人にメールを出せば、返事も来る。若い人たちが神経を使うように、大勢の人と爐弔覆っている″のである。
 
 ロング・ヴァケーションをとって、家族とリゾート地で仕事から離れて過ごすのもいいし、家族との絆を強めるためにも大事なことだ。しかし、たった独りで人にも会わず、何日かを過ごしてみるという経験は、楽しくもあり辛くもあるビジネス人生のなかで、価値があるように思う。
 
author:平田 周, category:思想, 05:19
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日記をつけて半年が過ぎた

日記をつけて半年が過ぎた

                                  平田 周

 

 今年の正月、日記をつけようと決心した。生まれて初めてのことである。日々起きた出来事を簡単に書きとどめておくのではあまり意味がない。手帳ですむことだ。1日が1ページ分のスペースがある当用日記というのを買ってきた。毎日、500字程度書ける。もう1つ、起きたことを書くのが日記だが、当日の朝、白紙のページを睨みながら、今日何が起きるかを想像し、こういう1日にしたいと思うことにした。結果はその通りにはならないかもしれないが、1種の念力である。

 

 早いものでそれからちょうど半年が過ぎた。毎日、欠かさず、1ページびっしりと書いた。最初は3日坊主になるのではと思ったが、日記帳が高かったので、投資を無駄にしてはいけないという思いがあった。それにしても、飽きやすい自分がよく毎日欠かさずここまで続けられたものだと思う。

 朝起きたら(早起きなのだが)、まず日記を書く。それを習慣にした。書きながら、サルトルの『嘔吐』を思い出していた。あれほど長いものではないが、ちょっとそれを真似たところもある。

 なんのために日記を書くのか。正直、よくわからなかったが、1年、365回が終わったとき、これが『2014年』という一つの物語になるような気がしていた。

 

 思わぬ収穫があった。ワープロを使って文章を書くのが当たり前になって、ペンで文字を書く機会がほとんどなくなった。難しい漢字も読めるが、いざ自分で書こうとするとどう書けばよいのか見当がつかない。日記帳の後ろに、漢字一覧表があるので便利だった。ただ、漢字は音で探さねばならないので困ることがあった。訓読みはできても、音読みがわからないものがある。

 手で文字を書くことが、認知症の予防になるという説もある。ワープロの場合は、手が主役だが、文字を書いているとそれ以上に脳を使っているような気がした。ときには、手で文字を書くのは悪くなさそうだ。

 

 日記を書くほうはとどこおりなく進んだが、仕事の方は挫折だらけだった。それでもときに幸運が訪れる。それがほんの少し前進させる。自分が思うスピードの1/5以下である。

 日記をつけながらも、それを読み返すことは一度もなかった。過ぎたことを悩んでも、喜んでも仕方がない。すべては未来にあり、その可能性に意味がある。それがビジネスだ。過去に何が起きたかを書きとどめながら、意識は明日何が起きるだろうか、こうなって欲しいという願望が心を占めていた。

 

 今日から、今年の後半戦が始まった。後半戦は、前半で準備したことを世に問う戦いになる。また半年たって、今年の終わりがどのような決着になっているだろうか。

author:平田 周, category:思想, 06:17
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日記について
 

日記について

                     平田 周

 

 日記というのをつけたことがない。どっちみち三日坊主に終わることを知っているからだ。そもそも何のために書くのか疑問もある。他人に読ませるために書くわけではないだろうし、自分のための備忘録だとしても、さほど役に立つこともなかろう。習慣として続けなければ気がおさまらないという几帳面な性質の人もいる。著名人になれば、それが歴史的記録価値を持つということもあろう。

 そもそも凡人としては、さして書くことがないともいえる。日常的な繰り返しが7割くらいで、よくないことや不満が2割、よいことといえば1割に満たないのではないか。

 

 その日記なるものを今年はつけてみることにした。書くならと、1頁1日記入ができるハードカバーの当用日記というのを買い求めた。1冊の本と変わらないくらいの値段だった。

 白紙の1年がそこにあった。どのような1年になるのだろうか。これから毎年日記をつける気にはならない。途中でやめてしまうのでは投資が無駄になる。それなら、これを1冊の本を執筆するのと同じ気持ちで書いてみたらどうかと思った。タイトルは『2014年』にしよう。無心の数字に甲乙をつけるのは気の毒だが、なぜか2014年というのはひびきがよい感じがする。第一次世界大戦が起きたのは1914年だった。ちょうど100年前だ。

 

 日記をつけるのが続かないのは、日々、さしたることが起こらないせいでもある。小説風に事実でないことを書くわけにはいかない。そこで思った。日々起きたことを記録として残すのが日記だが、明日はこういう日として記録したいと、日記を書くために生きてみてはどうか。書き残したくなるような1日を前日計画して翌日行動するのである。起きたことを記録するのではなく、反対に、書き残したいことを実行する。小説と違い、こうしたいと思っても実現できなかったら書くわけにはいかない。

 


 これは新しいかたちの日記になるかもしれない。1年後にそれを読み返せば、実録の小説になっている? 読んでおもしろいくらいのドラマがそこになければいけない。俳優のように、シナリオに沿って日々行動する。

人生ずっと緊張して生きるわけにはいかない。しかし、今年1年だけというのであればできるかもしれないと思う。

author:平田 周, category:思想, 06:08
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思索について(つづき)
 

思索について(つづき)

                       平田 周

 

 前回、思索ということについて書いた後、『思考術』- 知的創造の技術とは?

(大澤真幸著 河出書房新社 2013/1)読んだ。著者は、社会学者で、京都大学大学院教授を歴任とある。河出クラブのセミナーで行われた講義をもとに書かれたもの。目次は、以下のとおり。

序章 思考術原論

第1章 読んで考えるということ 社会科学篇

第2章 読んで考えるということ 文学篇

第3章 読んで考えるということ 自然科学篇

終章 そして、書くということ

 

 残念ながら、あまり感銘を受けなかった。思索についての著者の基本姿勢は、次の言葉に表れている。

「AとB、それぞれの発見は別々にある。けれども、このふたつがつながったときにはAそのものとBそのものが違ったものになるということがある。だから、[関係づける]という知の営みこそがオリジナルな思考のいちばん肝心な部分なのだ。AとBとの間の、真空に見える場所に、第三の要素の存在を見出すことができれば、オリジナルな研究である。」

学者といわれる人たちの常套手段である。いくつもの学説をあげて批判し、最後に簡単に自分の考えを述べる。

思考というのは、それにかぎるものではないだろうと思う。数学者はそのような思考過程をとらない。自然科学者も概ねそうであろう。他の意見の批判をベースにはしない。知識や経験から新しい発想を得る。時には、まったくの偶然、まるで関係のないことからで新しい考えが浮かぶことが多い。思考は、もっぱらシミュレーションである。障害にぶつかっては、乗り越える方法を考える。他人の意見を無視するわけではないが、それを批判的に分析して自分の考えを生み出すというプロセスではないような気がする。

 

著者の大澤氏は、他人と話すことのほか、本を思考の主要材料としている。学者ならそれが常套手段である。本を知識の習得のために読んではいけないという。本を読みながら思考する。
 それは間違いではないが、思考は多くの知識の上にあり、新しい着想はそうした知識(経験もまた知識の一形態)から生まれるのではないか。

本書で取り上げられている本は以下のようなものである。

 

真木祐介『時間の比較社会学』、カール・マルクス『資本論』

 ベデディクト・アンダーソン『想像の共同体』

 エルンスト・カントーロヴィッチ『王の二つの身体』

 マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

 夏目漱石『こころ』、ドストエフスキー『罪と罰』

 赤坂真理『東京プリズン』、イアン・マキューアン『贖罪』

 フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』

 吉田洋一『零の発見』、春日真人『100年の難問はなぜ解けたのか』

 大栗博司『重力とは何か』、山本義隆『磁力と重力の発見』

 リチャード・ファインマン『光と物質のふしぎな理論』

 ブライアン・グリーン『エレガントな宇宙』

 

 著者は、専門の社会科学以外に、哲学、文学、自然科学など広い領域をふまえて考えるのが自分の得意だとしているが、社会科学、文学、自然科学に分類されている本をベースとする思考では、あきらかに偏りがある。自然科学については、問題を深く批判するのではなく、内容紹介に終わっている。文学もあまり深みは感じられなかった。

 

 私はこういうふうに思考していますと、他人に言うこと自体に無理があるのではないかと思った。さまざまな形があり得るし、明確に理屈にすれば不自然である。考えるということは、食事をするのと同じくらい普遍的、日常的なものだ。

 思索について、最も大事なのは「問題」であるように思う。ここでも大澤氏はテーマを小分けにして考えろと説く。一生のテーマなど、そう簡単に答えが出るものではないという。しかし、大きな問題を小さなテーマに分けるのは、思考の過程においける都合にすぎない。小さなものを組み立てて大きなものにするやり方では、しょせん小さなテーマの寄せ集めになってしまうのではないか。大きなテーマにぶつかって、方法論として小さく考えざるを得ず、それを常に全体のなかで位置づけなけながら考えなければならない。

 問題の発見にすべてがあるように思う。それはそれぞれ個人が見つけるもので、その見つけ方を教えるのも間違いであろうし、できない。やむにやまれず心に浮かぶ問題、それは神の啓示に近いものではないか。

 

 

author:平田 周, category:思想, 06:09
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思索について(2)
 

思索について

                        平田 周

 

 思索という言葉を聞くことは滅多になくなった。思考とか創造などがそれにとって代わったのか。英語のthinkingをシンキングというカタカナ日本語として使うのはいささか情けない気がする。ほかに英語では、contemplationmeditationという単語もある。こちらのほうが思索の意味に近いであろう。

 

 学校でも、知識ではなく、考える力の必要性が強調されるようになって久しい。しかし、どうも問題の答えを考えること、英語でいえばthinkingに近い。コンサルタントがいうロジカル・シンキングも同様である。創造力が必要だとしきりにいわれるが、創造は考えることから生まれる。しかし、どうもthinkingの域から出ていないように思う。

 思索という言葉が使われなくなったのはなぜだろうか。あまり深く考えなくなったからか。深く考えなくなったのは、目の前にある問題の解決が緊急を要することが増えたためであろう。パソコンやインターネットによって、情報の量の厖大化と高速化が実現した。それによって問題の解決も急がれる。学者や思想家さえも、そのような情報の流れや渦から逃れることができない。

 思索するには、そのような情報の洪水や社会の騒音から離れたところに自分を置く必要があるだろう。昔は、隠者のように山の中に一人入って沈思黙考することが思索の根源だった。いまどき、そのような人はいないし、できもしない。引きこもりは、状況的にはそれに近いが、社会の騒雑を超越したのではなく、それを恐れ、逃げた状況である。実際に思索などしていない。

 

 情報の洪水の中で、人はもはや思索をするような状況をつくることはあきらめざるを得ないのだろうか。評論家たちは、問題が起きるたびに、司会者から質問を受けて、限られた知識ととっさの判断で考えを述べる。考えているのではなく、問題の分析である。経営者も、学者さえも同じくである。大学教授に会って話をしたいと思うのだが、誰もが忙しい、時間がないという理由で面会は断られる。会ってもせいぜい1時間である。宗教家ならどうなのだろうか。時間はあっても、ほとんど思索していないのではないかという気がする。

 

 思索する生活がなくなったのだ。社会が、そして生きることがそれを許さない。しかし、日常の猥雑のなかに、思索する静寂をつくることは不可能ではないと私は思う。それは意識すれば実現できる。道を歩いているとき、乗り物に乗っているとき、講演を聞いているとき。そして会議の最中でも。

 思索とは、意識を外に向けるのではなく、自分の心のなかに集めることだ。思索に静寂が必要なのは、外部の騒音や情報に意識をかき乱されるのを防ぐためである。しかし、山の中や、深夜一人部屋にいて思索しようとすると、かえって日常のあれこれが浮かび上がってきて意識を純粋に集中させることができない。

 本を読むこと、著者の言葉を聞くことが思索を促す。本当に著者の言うとおりなのだろうか、こう考えるべきではないか。いろいろな考えがわき出てくる。それが思索である。しかし、近年、そのようにじっくりと考えさせるような本に出会わない。著者は誰もがせっかちに自分の考えをわめき散らす。街中に立っていて感じる騒音と変わらない。

 

 思索と無は関係が深い。社会の猥雑からの逃避は不可欠のように思われる。しかし、そのような状況をつくることは、現代社会にあっては難しい。たとえ、物理的にそのような静寂のなかにいたとしても、頭の中の情報の渦が思索を邪魔する。

 そこで考えた。この騒雑のなかに無をつくる方法はないのか。無は、禅が教えるように、心からすべての思いを消し去ることで生まれる。しかし、そのような状況を日常のなかにつくることはできないであろう。ときたまわずかの時間、座禅を組んだところで思索は生まれない。思索には時間的継続が求められる。

 昔、武士は敵に周囲を囲まれたとき、周囲にいる敵も見ず、死も考えず、ただ無の境地をつくることを達人の域として求めた。何も考えず、心がまったくの静寂であれば、敵のほんのかすかな動きも感知できる。しかし、現代の日常でそのような無をつくることはどう考えても不可能である。

 そこで悟った。周囲を10人の敵に囲まれているとき、その敵の一人一人を見ていく。高速で見れば、誰かが切りかかってくる動きが見えるだろう。ゆっくり見渡せば、死角ができる。だんだんと見渡すスピードを上げていく。敵の誰かが動く瞬間よりも高速で見回せば、動きを察知できるだろう。敵を意識から消して全くの無をつくれば、敵の動きを敏感に感じることができる。それと同じことが、敵を見るスピードを高速回転させることで得られるのではないか。

 社会のなかにあって、すべてを消し去ることによって無をつくるのは出来ないであろう。しかし、超高速で周囲を眺めることで無を得ることはできるのではないか。

 

 私はこれを実践した。情報を理解することも、仕事をすることも、できるだけ短い時間で見る。早く仕事を片付けるという効率を求めてのことではない。1回見て終りではなく、何度も何度も見る。人の話も、発声される言葉だけでなく、相手の心のなかにある言葉も想像し、高速で理解する。相手のことを回転によって何度も繰り返し意識の中に入れる。

 赤、青、黄の三原色に色分けされた円盤をゆっくりと回転したのでは、色が混じってしまうが、高速で回せば白くなる。これと同じ原理である。高速で話を聞き、高速で理解する。通常のスピードを越えた回転で頭を動かせば、無の境地に近いものになる。そういう体験をした。

 

 日常のスピードに合わせて人々は仕事をする。しかし、仕事を高速化すれば、完全な無とはいかなくても、変わった世界がそこに現れるはずである。仕事のことを忘れて、重圧から逃れるのではなく、騒雑のなかで仕事を超高速化すれば、そこにある種の静寂を得ることができることを実感した。静寂は思索を生む。

 仕事に追われるのは論外である。みんながやっているペースに合わせて仕事をするのでは余裕は生まれない。ずっと早い速度で仕事をこなす。よく言われる仕事をすばやくやって効率化を図るという程度を越えた、もっともっと高速化すれば、現実的でない世界が見えてくる。

author:平田 周, category:思想, 05:44
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思索について
 

思索について

                      平田 周

 

 ある企業教育会社の求めに応じて、週2冊、人材関連(ビジネス教養も含む)の新刊書の紹介をしてきたが(リストは20冊)、このほど3回に達した。年間50週として、約6年続けたことになる。

 人材育成に関する新刊書は、かつては週に20冊以上出版され、選ぶのに苦労したほどだが、年々減少傾向にあり、最近では10冊を選ぶのも苦労するほどである。出版しても売れないのか、読者を引き付けるようなテーマがネタ切れになったのか。おそらくこの2つは互いに影響し合っているに違いない。

 

 最盛期は、ビジネススキルについてのハウツー本がオンパレードだったが、次第に人生訓のようなものに移行し、最近では哲学を紹介するものが目立つ。ようやく、安易な仕事の要領のよい手ほどきから、思想的な深みのあるものへと移ってきたかと喜びたいところが、成功者のお説教的なものや、昔の思想家や哲学者の言葉を引用しての紹介が中心で、本格的な思索を綴ったものはほとんど見当たらない。そのようなものを書いても、引き受けてくれる出版社はない。出しても売れないことがわかっているからだろう。その一方で、『ニーチェの言葉』といった、思想を語った文章の一部を引っ張ってきて並べただけの本が100万部以上も売れるのだから不思議である。

 最近は影をひそめてきたが、スピリチュアルなことをテーマにした本が読まれたのと同様、読者が不安に満ちており、何かを求める心情からこのような本が売れるのだろう。売れればいいと考える出版社の立場もわかるが、やはり一抹の淋しさを感じる。

 

 ハウツー本でも、流行した「ロジカルシンキング」やプレゼンテーションの容量、コミュニケーションといった目先の術を解説した本は山ほどあるが、ビジネスから離れて、もっと深く、広い視野で思索することを勧める本は全くと言っていいほど見当たらない。もともとどう考えればよいかといったハウツウを書いた本はなかった。すぐれた思想家や思索家が自分の考えを述べる中から、どのように思索すればよいかを覚えたものである。

 インターネットは知識や情報を断片化し、表現方法もツイッターのように短いものに変化しつつある。俳句や詩のように、短くても深淵な世界を表現できるという考えもあろうが、ブログやツイッターで表現されるものは刹那的である。深い経験や思索から抽出、精製されたものではない。

 

 情報の氾濫と情報伝達の高速化が、思索という行為を弱めていったのだろう。深く考えていては、現実に追いつかない。かつての文豪や哲学者たちは、ゆっくりとした時間の中でものごとを考えることができた。もはや思索をするという行為は失われつつあるように思われる。テレビ出演する評論家たちは、問題を投げかけられて、瞬時にそれに答えなければならない。感想であり、思いつきの意見にすぎない。

 思考の高速化だと言えばすむかもしれないが、深みのあるものはやはりじっくりと寝かせ、発酵させ、熟成してできるものである。時間をかけなければ、上等の日本酒やウィスキーはつくれないのと同じである。

 もっと静かに、ゆっくりと時間が進む世の中を取り戻すことができるだろうか。

author:平田 周, category:思想, 06:53
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グローバル人材育成とは何を意味するのだろうか(つづき)
 

グローバル人材育成とは何を意味するのだろうか(つづき)

                            平田 周

 

 英語力をそれ以外のグローバル人材に求められる資質と分離させる前回紹介した渥美育子氏の考えには疑問がある。それは、英語はあくまでコミュニケーションのためのツールとしてとらえる見方である。英語がそういった道具性を持っていることは否定しない。しかし、英語に長けてくると、思考や行動にも違いを生じるといった一面のあることを強調したい。

 英語を通して欧米人とつきあううちに、知識として彼らの行動様式を知り、それに適合しようとして日本人的でなくなるというふうにも考えられる。この場合の英語はツール的である。しかし、言葉は思考に直接かかわる。ほとんどの場合、言葉抜きではものごとは考えられない。思考は、その人の人格と強く結びついており、思考が行動を決める。とすれば、英語に慣れ親しむにしたがって、考え方が英語的思考になっていくのではないかと考えるのである。欧米人に似た行動をとるようになる。英語が道具ではなく、思考を変えたのである。

 

 日本人はロジカルな思考に弱いとされ、ビジネスの人材教育でロジカルシンキングという言葉が流行した。日本人がけっしてロジカルでないわけではないだろう。もしそうであれば、わが国で科学や技術がかくも高度に進歩していないはずである。ロジック、いわば思考の経路が欧米人と違うということではないか。そして、その原因となるのは思考に欠かせない言語なのではないのか。

 英語で話したり、書いたりしていれば、自ずと欧米的なロジックになる。それは、文章自体がきわめて構造的だからである。

 英語ができると日本の会社では出世しにくいと、米国野村証券の元社長だった寺沢芳男氏は書いている(『英語オンチが国を滅ぼす』 東洋経済新報社 2007)。榊原英資氏も同じような意見である(『日本人はなぜ国際人になれないのか』東洋経済新報社 2010)。そうなる理由は、いろいろ考えられるが、思考が日本人一般、あるいは日本的経営習慣と違ってくるから敬遠されるからではないかと思う。

 

 グローバル人材として活躍できる人材は、端的にいえば、英語ができることが最も重要な資質だといっていいのではないか。経営者や人事担当者の多くはこのことに拒否反応を示す。しばしばあげられる理由は、英語が堪能なアメリカの留学経験者が外資系企業の日本支社長に抜擢されながら、すぐに解雇されることが多いのは、彼らに経営の才能がないからで、英語だけができてもすぐれたビジネスマンにはなれないというものである。

 英語ができるからといって、ビジネスの才能に長けているわけではない。もしそうなら英語を母語にする者は誰もがみなビジネスマンとしてすぐれているということになる。批判には一理ある。だが、もし欧米のビジネスマンが海外で日本人よりもうまく行動しているのだとすれば(この問題は別のこととして考えなければならない)、それは彼らの思考が日本人よりも適しているということであり、そうした環境でグローバルに活躍する場合、英語的な思考、センスが優位をもたらしているということになる。それは言葉が通じるということだけではない。グローバル人材が必要だとするのは、そうした行動ができる人を求めてのことなのだろうか。

 

 英語に、ツールとしての機能以外に、行動様式を決める思考に影響するものがある。学校で教える英語には、それは微塵もない。あくまで道具としての英語を教えている。中学・高校だけではない。英会話学校も、そしてTOEICの受験学習も同様である。

 グローバル人材を育てるには、ツールとしてではない英語を教えなければならない。それがひいては、英語以外に求められるグローバル人材の資質につながっているのではないか。

 コミュニケーションの重要性がいまほど言われたことはかつてなかった。文書や通訳を通してもコミュニケーションはできる。それがなぜいまの時代、かくも海外でのコミュニケーションの重要性がとりあげられるのだろうか。

 それは、民族や国家や文化の境界が撤去されて、地球が一つに融合する過程の中での新しい環境に適した意志の伝達の仕方の変化ということを暗示している。それは、バベルの塔の神話のフィルムの逆回しかもしれない。コミュニケーションにおいて、言葉はその中心をなすが、相互理解や正しいメッセージの伝達が非言語的なものにも左右される。

 その場合、道具性としての英語(英語が世界共通語だとして)と、英語がもたらす非言語的な特性、すなわち思考性の二面を考えなければならないだろう。グローバル人材と英語の問題を考える場合、この二面性に立って考えねばならない。

 

 では具体的にそのような英語はどのようにして教えることができるのか。いまそれを考えている。旧制高等学校では英語を重視した。それは、進んだ欧米の知識を学び、日本の遅れを取り戻すことだったが、それだけでなく、当時の学生にそれ以上のものを与えたのではないかとう気がしてならない。

 英語力と並んでグローバル人材に必要なものとして、最近とくにリベラル・アーツが言われる。旧制高等学校には、リベラル・アーツを学ばせる環境があり、それが英語と深く結びついていた。原書講読、すなわち新知識を英語を通して学ばせること(まなばざるを得なかった)が徹底していた。その後のわが国の翻訳文化がこれを壊した。このあたりに、もしかしたら問題解決のヒントがあるのかもしれないという気がする。

 

author:平田 周, category:思想, 03:30
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