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初詣
初詣
 
 元旦の日、那覇市にある波之宮と沖宮いう神社に行った。由緒が書かれた説明によれば、いずれもヤマトから伝わったもので、豊穣をもたらしたことが始まりらしい。15、6世紀の頃にさかのぼる。波之宮は海に突き出た岩の上にある。沖宮は奥武山公園の中の小山の上にあり、海からいささか離れているが、港の工事のためにこの場所に移されたようで、元は同じように海のそばにあった。
 
 波之宮には深夜に詣でたが、忘年会の流れか、若者が多かった。誰もが神殿に置かれた賽銭箱にお金を投げ入れ、神妙に手を合わせて祈る。ほとんどの人は今年1年の無事を願っているのであろう。受験の合格、商売繁盛を祈願している人もいよう。家族の健康を気遣う人もいるに違いない。
 祈るという行為は、キリスト教であれ、イスラム教であれ、すべての宗教に共通する。おそらく言語が発達する前から、狩猟などで獲物がとれるようおまじないのようなことが起源で始まり習慣として形式化したのであろう。
 試合で戦い合う二人の選手が共に必勝を願ったとき、神様はどちらの願いを選ぶのだろうかと思う。選ぶ理由はないはずだ。神様には関係のない力量の違いもあるはずだ。では偶然が自分に有利になることを期待して祈るのだろうか。
 
 ものみの塔というキリスト教の一派がある。聖書の教えを忠実に守ることを主義とする。外科手術で輸血を拒むことでも知られる。二人連れで家を回って、ものみの塔という雑誌を配りながら布教する。何度かその説明に耳を貸したことがある。そのときは、彼らが答えに窮するような質問をする。答えられないと、教会に戻って調べてからまた来ますと言う。
 しかし、絶対に答えを持って来ない質問がある。災害で、神様はなぜ信仰のある人も、信仰のない人も区別なく命を失わせてしまうのかという問いである。神にはわれわれ人間には知り得ないお考えがあるのだと説明する人もいた。
偶然ではないのか。確率の問題ではないのか。それとも宿命か。一人一人の運命を神が決めるわけはないだろう。
 
 それでもが神殿に向かって手を合わせて祈っている。一瞬だが、祈ることによって精神の集中ができる。強い思いが信念となり、事を実現する可能性はあるのかもしれない。お百度参りはそうであろう。願いが叶えられると信じているわけではないが、唱えておけば聞き届けられるかもしれないという淡い期待なのか。
 祈っているとき、おぼろげながら相手を意識している。キリスト教信者の祈りは、神と対話している意識が強い。願いもあるが、反省の気持ちが強い。「われらの罪を許し給へ」である。神という存在を意識することで、自分という存在が認識される。神がなければ、自分から他者を見る意識しかない。神によって、見られる自分がそこに存在する。
 仏教では、現世を穢いものとし、欲望を捨てることの大切さ、他のあらゆるものへの憐みの大事さを自覚させる。願望は存在しない。だから年頭にお参りして祈願するにはまったくふさわしくないといえよう。
 
 意味はまったく理解できないお経を聞くことで、迷い悩むことの無意味を悟らせる仏教の教えのように、祈ることは、神と対することによって自分自身を意識させるしくみなのかと思う。自覚すれば、神という相手をつくらなくても、自分自身を自ら観ることが可能になる。信仰としての神は必要なくなる。自分と自分との対話である。自分は何者なのか。どう生きるべきなのか。もしかして、そのもう一人の自分が神なのか。
 
 そんな面倒なことを考える必要はない。誰もが素朴に、そして習慣として神社に来て、型どおりに柏手を打ち、頭を下げて無事を祈る。それだけのことだし、それでいいではないか。
 
 それにしても、なぜ賽銭を投げ入れるのだろうと思った。神社への寄付なのか。現実はそうかもしれないが、そう思って賽銭を入れているわけではないだろう。拝観料のようなものか。
 『なぜ日本人は賽銭を投げるのか』という本の中で、著者の新谷尚紀氏は、金銭を汚らわしいものとして捨てるという行為が始まりだと説明している。そうであれば、賽銭を入れることは、金銭の欲望を捨てますと態度で示しながら、一方で商売がうまくいきますようにと祈るのは矛盾するのではないか。
 もともとは意味があったものが、慣習となり、伝承となり、形として引き継がれていいく。どの民族にもそのような特有の習慣が残っている。それが文化というものか。
 元旦に神社に詣でる。意味があろうがなかろうが、それは日本人の習慣なのだ。
だから伝えられてきたとおりにやっておけばいいのだ。
 
author:平田 周, category:生活, 14:55
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日記 2014
日記 2014

 書いてみようかなと思ったことはあったが、結局、生まれてこのかた、日記をつけたことはなかった。しかし、2014年、日々起きることについて記録を残してみようと決心した。ただ出来事を記すだけではつまらない。出会った人、起きたことを題材にして、その日、思ったことを書いた。横線当用日記というのを買ってきた。1頁1日。文字数にして400字余り。365日書けば、全部で14万字程度になる。400字詰め原稿用紙にすれば約350枚。ちょうど単行本1冊分に相当する。タイトルは『2014年』。長らく生きてきた人生の一断片になるだろう。
 
 1年だけで日記をつけるのは終えるつもりだった。そして、365日、毎日、1頁、書き続けた。希望に心をときめかした日もあったが、思ったとおりに言は進まず、断崖を前に立ちすくむことの連続でもあった。ある事をなそうとする目標があった。気持ちとしては、頂上に続く岩壁を一人攀じ登る気持ちに近かった。快適に高度をかせげた日もあったが、オーバーハングに阻まれて、一歩も進めず、小さな岩棚で凍る一夜を過ごす羽目にもなった。足を置いた小さなステップが崩れ、わずかな手がかりで辛うじて墜落を免れたこともあった。
 そして、1年が過ぎた。頂上には達しなかった。未だに、頂上直下の鋭く切り立った岩場に行く手を阻まれている。水も食料も残り少ない。眼下に目をやれば、登ってきた身の毛がよだつような垂直の岩壁の下に、登り始めた地点が小さく見える。なんで登る気になったのだろう。登るべきではなかったという悔悟が頭をかすめる。いや、登らざるを得なかったのだ。そういう宿命だったのだと自分に言い聞かせる。とにもかくにも、下りるわけにはいかない。頂上は手がとどきそうなくらい近いところにある。
 
 思えば、7月15日の出来事で、それまで順調と思えた登攀は行き詰った。数メートル落下した。死にはしなかったが、傷は思った以上にひどかった。これでもう終わりかと幾度か思った。しかし、この岩壁を攀じて頂上に立ちたいという欲望が勝った。わずかな足がかり、手がかりを求めて、上に上にと身体を運ぶ。
エネルギーを消耗するが、それでもわずかな高度しかかせげない。
 もうダメかと思うなか、年の瀬の最後の最後になって、新たな活路を開くことになりそうな人三人の人物に会えた。これで最後の壁は乗り越えられるかもしれないと思った。勇気が湧いてきた。
 
 思い返せば、2014年の前半は、順調に進んだ。しかし、後半は一転して、苦しみに変わった。ここを突破すれば頂上に辿りつくと思う場所がいくつかあったが、阻まれた。そして、いま新たな可能性が目の前にある。今度はうまくいくだろうか。これまの経験から、楽観的な期待は禁物であることをいまは知っている。ただ目の前にはる小さなホールドを手でつかみ、わずかなステプに足を置いて身体をほんのわずかでも上に持ち上げる行為を繰り返すしかない。
 ここで1年が終わった。頂上直下のオーバーハングの根っこにある小さな平らな場所に身を横たえ、西に傾く月を眺めている。もうすぐ夜明けがくる。少し明るくなったら、登り始めよう。突破口は目の前にある。寒い。風もきつい。しかし、今日の天気はよくなりそうだ。
ここで2014年も日記は終わった。そして2015年が始まった。
 
author:平田 周, category:生活, 05:03
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