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基地問題で揺れる沖縄から
基地問題で揺れる沖縄から
平田 周
 
 地域のグローバリゼーシン・モデルを完成させたいと思って沖縄に201211月にやってきた。3年で完成させたいと思ったがはや2年半が過ぎた。事は思い通りにはならなかった。新しいことをゼロから始めて根付かせることは容易ではない。新しい英語学習法EdeMをここ沖縄で完成させ、本土に広める体制はようやく緒に就いた。日本の情報を世界に向けて発信をする拠点として新しいメディア(ポータルサイト)をつくる構想も、ミニアチュアに近い小さなものだが、まもなく実現しそうである。この2つを完成させて、沖縄3年間の作品となることを期す。
 
 沖縄には、製造業は発展せず、産物も限られる。中心となるのは、観光産業と建設業だが、ここからは大企業は生まれない。沖縄にある東証上場企業といえば、琉球銀行、沖縄銀行、沖縄電力、沖縄セルラー電話(KDDI)サンエー(小売)しかない。いずれも海外には縁がない。りゅうせき(石油販売)は沖縄の石油販売の中核だが海外からの輸入はない。地元で勢力を持つオリオンビールはようやビールの輸出に力を入れ始めたところである。ごくわずかの公共事業の大企業と
零細中小企業ばかりで、中堅企業が存在しない。
 本土からすれば、沖縄は基地もあり、他府県よりも国際的と思われがちだが、現実はまったく違う。国際人材に乏しく、著名人の国際意識は低い。中小企業の海外進出の意欲はきわめて限られる。
 
 沖縄では、「万国津梁」(ばんこくしんりょう)という言葉が至るところで使われる。沖縄の誇りである。1458年に1つの梵鐘が製作された。これが万国津梁の鐘と呼ばれるもので、現在も奇跡的に戦火を逃れ県立博物館に残っている。その梵鐘には漢文で次のような意味の文が刻まれている。
 「わが琉球は、南海のすぐれた場所に立地する。朝鮮の文化に学び、中国とは不可分の関係にあり、また、日本とは近しい間柄である。それらの国々のあいだにあって、海からわき出た蓬莱島のような島である。貿易船を操って世界の架け橋の役割を果たしており、そのためにわが国はすばらしい品々が満ちあふれている」(高良倉吉著『アジアのなかの琉球王国』より引用)。
 15世紀の琉球王国は、日本が戦国時代の群雄割拠で、中国と親密な関係を結び、繁栄していた。といっても、沖縄の産物を売ったり、輸入品が琉球王国内で消費されたりしたわけではない。中国のものを日本や東南アジア諸国に売り、逆にこれらの地域で仕入れた産物を中国に持って行くという、中継貿易である。
 沖縄が発展するにはこのモデルしかない。海外からの観光客も一種の貿易である。
しかし、受け入れ態勢は万全というわけにはいかない。市民の外国語力は弱い。
いまは「ハブ」という言葉がもてはやされている。航空貨物や宅急便、食料品などの東南アジアを相手とする集荷基地としての役割が増大しつつある。しかし、場所貸しに終わっているのはいかにも残念である。沖縄がこれをリードすべきなのだが、県は誘致歓迎のしか策がなく、新しい体制をつくる知恵や気力に欠ける。
 東京があっと驚くようなことをやろうと水を向けるが、誰からも反応がない。そのようなことはできないと思っているのか、やる気力がないのか。それとも東京にないようなものを考える知恵はないということなのか。
 
 沖縄が経済・産業で盛り上がれば、基地の問題は薄らいでくるのではないかと思ったが、基地使用の見返りの産業振興予算が、依存体質を強めてしまったと沖縄の人も言う。それが経済自立の意気込みを殺した。本土並みの経済回復はあっても、沖縄の産業が一気に成長するということは起こり得ないという気がする。
 沖縄で基地問題について、反対を唱える以外は黙っていたほうが得である。あえてこの問題は考えないようにしてきた。
 しかし、辺野古問題はいよいよこじれてきた。これからどうなるのか。
 沖縄の人は、当面の問題についての利害は考えるが、将来のことをシミュレーションしない。長期の戦略を持って我慢することをしない。
 
 辺野古の埋め立てが中止となれば、普天間はそのまま使用が続く。付近の住民の危険度は高い。といって、米軍に嘉手納基地だけを残して、全面撤退するよう交渉しても実現する可能性はいまのところほとんどない。
 普天間基地のある地域の人は基地がなくなることを望む。一方、辺野古の住民は、漁業関係者など、基地ができたほうが経済的に潤う。沖縄の中でも利害は対立する。
辺野古が断念されれば、普天間の住民や関係者は怒り、辺野古の住民は失望するに違いない。オール沖縄で、島民の全員が声をあげて、積極的に辺野古反対ということにはならない。
 那覇に居て、飛行機の爆音を聞くことはほとんどない。米兵を見かけることもない。
沖縄に米軍基地があるということさえ忘れそうである。頭の中で考えれば、広大な面積を米軍に支配されており、沖縄が不公平に犠牲を強いられえいるという屈辱であろう。基地のある地域の人意外は、実害を感じない。
 だから、沖縄の二大新聞が毎日のように新聞の大一面で辺野古反対の記事で呼びかけても、全島民の怒りとして炎上することはない。政府もそのことを当然知っていて甘く見ているのであろう。
 
 辺野古をやめて、普天間基地を存続させる。いまから始めて10年くらいの長期を見据えて、日本全体の世論を背景に、政府がアメリカと辛抱強く、かつ理路整然とした交渉を行うのがよいのではないかと考える。当面の不自由は我慢して、10年後に夢の実現を決意する。しかし、この考えには、大きな障害がある。日本全国に米軍基地反対の世論を盛り上げることは容易であない。巨大な力を持つアメリカを相手に、明治の外交官陸奥宗光がやったように、知略を使い、度胸を持って交渉する人物は日本政府にいないのではないか。
 沖縄の人たちは、そのことに怒りを覚える。しかし一方で、沖縄の人たちは何をしてきたのだろうかという疑念が消えない。
 
 
 
author:平田 周, category:社会, 11:23
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